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原著者 藤原松三郎の紹介
藤原松三郎は1881年(明治14 年),三重県津市に生まれる.
1905年東京帝国大学理科大学数学科を卒業後,大学院に進み,第一高等学校講師となる. 1907年同校教授となり,創立されたばかりの東北大学の開学準備のためヨーロッパに留学を命じられる.このとき藤原26歳.
 
 
1907年11月から1910年10月までドイツ及びフランスに滞在した.欧州留学を終え1910年11月にアメリカに渡り,1911年1月に帰国.欧州では特に,当時の数学研究の中心的指導者であったHilbertが率いるGöttingen大学に1908年冬のセメスターから一年半滞在した.
帰国直後の1911年2月,新設の東北帝国大学理科大学教授に任ぜられる.
 

後列向かって右,本棚に左ひじをついているのが藤原松三郎
 
藤原は東北大学理学部数学科の初代教授として,林鶴一(数学科初代主任教授.我が国初の欧文による数学専門誌「東北数学雑誌」を私財を投じて創刊;1873–1935)と周到な準備をもって1911年9月に最初の学生を受入れた.以来,多くの研究者を育成し,日本の近代数学の発展に大きく貢献した.
1914年11月には理学博士の学位を授与され,1925年には帝国学士院会員となった.1942年3月停年退官するまでに107編の論文や随想を出版している(東北数学雑誌第一輯第49巻による).同年5月東北大学名誉教授.
 
 
藤原は解析学はもとより,数論,代数学,幾何学および実用数学の広汎な分野で深く学び研究した.その成果として「代数学」第一巻,第二巻(内田老鶴圃)1928, 1929年,「常微分方程式論」(岩波書店)1930年,「微分積分学」第一巻,第二巻(内田老鶴圃)1934, 1939年,「行列と行列式」(岩波書店)1934年,が出版された.これらはすべて現在でも現役の数学書として読まれている.
 
 
1935年和算史家として著名だった林鶴一の急逝を受けて,藤原は和算史の完成を志し,研究に没頭した.さらに中国,朝鮮の数学史を研究するため現地を訪れてもいる.藤原の研究成果は,その歿後「明治前日本数学史」全五巻(日本学士院編,岩波書店,1953–1960年)として刊行された.1942年1月23日講書始の儀に際し「和算の発達」と題しご進講の栄に浴した.また,歿後出版されたものとして「日本数学史要」(平山諦補訂,宝文館)1952年,「西洋数学史」(宝文館)1956年がある.

まさしく碩学と呼ぶに相応しい傑出した数学者であった.
(写真は藤原家の厚意による)

 


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